継承と永代供養墓の存在

このご時世、多くの若者がお墓のことについて真剣に考えなくなってしまい、人任せにしてしまっていることがあります。
お墓というのはある意味でご先祖様の住居なのですから、自分の家選びと同じ感覚で探すようにしましょう。 お墓の使用権者が亡くなってしまった歳には、お墓を引き継ぐ必要がありこのことを「承継」と呼んでいます。
お墓は民法に規定されている「祭祀財産」という性格であり、本人が指定するか「慣習により」定め家庭裁判所が決することとなります。

 

民営お墓では、無縁化を避けるために「申請者方式」と言って、裁判所の判断に委ねる方式をとるケースが増えてきています。
このような社会的変化に対応して、有期限墓地や承継者がいなかったとしても墓地が継続する限り存続する永代供養墓もあります。
戦前の家族制度が崩壊し、家族形態が多様化してきた為に、お墓の継承は最近では複雑な問題となっています。
子供を授かっていないことから、承継者がいないというケースも出てきているのです。



継承と永代供養墓の存在ブログ:2018/02/22

当時の私は、
とある都市の大きな企業に勤め、マンションで一人暮らし。

ごく稀に母が田舎から私のもとを訪ねることがあった。
おいしいものを食べに行こうという私に、
母は親子水入らずで、のんびり部屋で過ごしたいと
わざわざ重たい野菜を抱えてやってくる…

ある日、仕事から帰った私は、
オートロックのロビーから部屋いる母に
「ただいま。あけてー」
インターホン越しに呼びかけた。

ところが、母からの返事はなく、
マンション中に非常ベルの音が響き渡った。
母が部屋の開錠ボタンと非常ボタンを押し間違えたのだ。

ロビーで頭を抱える私のもとへ、
青ざめた母がやってきた。
私は恥ずかしさのあまり母をひどく責めた。

騒動の後、部屋には
母が作った夕方飯のにおいが立ち込めていた。

田舎から持ってきた野菜の和え物、
帰るタイミングにあわせて焼かれたであろう焼き魚、
細かく刻まれた葱の浮かんだ味噌汁に、揃えられた二人分の箸…

ショックの余り俯いて手をつけない母をよそに、
気まずい中、冷めた料理を私は黙って食べた。

あれから私も二児の母になり、
7〜8年たった今になって
あの出来事を頻繁に思い出すようになった。

恥ずかしいのは母ではなく、
つまらない見栄で
かけがえの無い時間を台無しにした私だった。

今さらと思いつつも母に言った。
「お母さん、あの時ごめんね」

意に反し、母はその時の恐怖を、
近くにいたお兄ちゃんと笑い話のネタにしてケラケラ笑っていた。
私が責めたことなど忘れているようにみえた。

それでも、母を思う時、
私は真っ先にあの出来事を思い出す。

そして
「大したことないよ」
そう言えなかった自分を悔やみ続けると思う。
あの日の冷めてしまった母の手料理の味とともに…