継承と永代供養墓の存在


継承と永代供養墓の存在ブログ:2014/08/13


2週間前、小学生の娘が、
「うちのおじいちゃんって、ふつうのおじいちゃんとなんか違うよね…」
申し訳なさそうに、小さな声でわたしに囁いた。

「ふつうの」という表現に、
わたしは吹き出しそうになりながらも、
その理由を尋ねた。

娘は少し間をおいて答えた。
「だって、悪いことをしたら目を三角にして怒るし、
謝るまで絶対に許してくれないもん」
「ふつうのおじいちゃんたちは、そこまでマジにならないしね…」
と畳み掛けてきた。

確かにわたしのお父さんは、
大きな肉体に仁王様のような鋭い眼光で、
一見他を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。

七十歳を前にして体力が衰えてきたとはいえ、
その風格は昔となんら変わりはない。
そんなお父さんを、娘たちもまた一線を画して見ていたのだ。

わたしは自分がお子様だった頃のお父さんを思いだした。
厳しく、寡黙なお父さんだった。

筋の通らないことをしようものなら、
容赦なく大きな平手が飛んできた。
わたしは無性に怖かった。

でも一方で、そんなお父さんを誇らしく思う自分がいた。
それは、言動の端々に
お父さんの人情深い側面を見ていたからかもしれない。

こんなことがあった。
かつて消防署員であったお父さんが
救助活動を終えて帰宅した時だった。

タバコをもみ消すしぐさに、
お父さんのいらだちがみてとれた。
しばらくして、お父さんはその理由を言葉少なに語り始めた。

洪水で溺れかけていた親子の救助に向かい、
お子様を救おうと手を差し出した時だった。

「わたしを先に助けて」と叫びながら、
ママがお子様を押し退けて
ボートにしがみついてきたのだという。

「残念だ」
一呼吸おいて、お父さんはひとこと言った。

いざという時にこそ、
身を挺してお子様を守るのが両親ではないのか…
そんな義憤が聞こえてくるようだった。